劣等感の捉え方で悩みが消える? アドラー心理学に学ぶ 2

スポンサーリンク

アドラー心理学について学ぶシリーズ第2弾です。

「すべての悩みは対人関係の悩みである」

アドラー心理学の最も有名なフレーズでしょう。

今再び話題になっている「嫌われる勇気」での考え方に触れていきます。

前回の記事では、自分を変える考え方について考察してみましたが、

根本の部分はこのフレーズに由来する考え方なんですね。

今回は対人関係の悩みとは切っても切れない劣等感について、考えてみます。

 ↓今なら無料で嫌われる勇気が聴けます↓

Audible (オーディブル) – 本を聴くAmazonのサービス

スポンサーリンク

劣等感の捉え方で悩みが消える? アドラー心理学に学ぶ

すべての悩みは対人関係の悩みである

アドラーは、

「個人だけで解決する悩み、いわゆる内面の悩みなどは存在せず、どんな種類の悩みであれ、そこには必ず他社の影が介在している」

嫌われる勇気

と言われています。

仮に他者と接触しない世界があり、そこに行ったとしても孤独を感じるのは、他者の存在を認識しているからということです。

つまり、現代社会において対人関係に起因しない悩みは存在しないという立場ですね。

悩んでいる人
悩んでいる人

いやーそれは言い過ぎではないですか?

と感じる方もいると思いますが、このことについて劣等感という観点から考えてみます。

劣等感とは?

人は無力な存在としてこの世に生を受け、その無力な存在から脱したいと願う普遍的な欲求を持っています。

アドラーは、これを「優越性の追求」と呼びます。

向上したいと願うことや、理想の状態を追求することを意味しており、人類が進歩してきた要因ですね。

なので劣等感自体は誰しも持っているモノであり、持つこと自体は悪いモノではなく、むしろ前に進むためには必要なものです。

劣等感と劣等コンプレックスの違い

では劣等感がどういう状態になると良くないのでしょうか?

それは、状況は現実的な努力によって変えられるという事実を受け入れられず、

「どうせ自分なんて」「どうせがんばったところで」

という思考に陥ってしまった時です。

この状態になってしまうことを劣等コンプレックスといいます。

劣等感は主観的な思い込み

劣等感を劣等コンプレックスにしないためには、自分の感じ方を変えるのが有効です。

身長が低い、お金持ちではない、頭が良くない、など外見から内面まで劣等感

の種類は数えるとキリがないですね。

大袈裟ではなく、人の数だけ存在するでしょう。

これらはすべて、他者との比較から存在する劣等性です。

ここで、他者と比較することをやめることができれば、そもそもそんな劣等感は生まれません。

ですが簡単ではないので、まずはその劣等感の感じ方を変えること、自分の中でのその劣等性の解釈を、変えることから始めましょう。

私たちを悩ませる劣等感を客観的な事実ではなく、主観的な解釈だと考えるべきだということです。

具体的には、身長が低い→だから人を威圧しなくていい、など他者がどう思おうと自分なりに解釈して、劣等感を言い訳にしない状態まで持っていければいいということです。

人生は他者との競争ではない

過剰な劣等感や優越感を持ってしまう限り、劣等コンプレックスを抱いてしまう危険性があります。

この解決には、他者との競争をやめる必要があります。

ただ、前をむいて歩いていくという感覚です。

健全な劣等感とは、他者との比較の中で生まれるのではなく、理想の自分との比較から生まれるモノです。

そして、他者の存在は、「同じではないけれど対等」という立場をとり、他者との違いは、善悪や優劣と絡めるべきではないと考えると競争という意識を持たずに済みます。

劣等感の捉え方で悩みが消える? アドラー心理学に学ぶ

バスで悩む人

今回は劣等感の考え方について書いてみました。

要するに他の人と比べることをせず、自分の理想の姿と比べなさいということですね。

先日読んだ、GACKTさんの本の中では、

「俺自身がGACKTを舐めてない。GACKTは常に俺の一歩先を行く」

と書かれていました。

こんな境地のことでしょうね。

詰まるところ、人はともかく、自分がどうしたいのか?というところが求められてくるのでしょうね。

最後までお読みいただきありがとうございます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました